「知」の集積と活用の場 産学官連携協議会

研究開発プラットフォーム活動事例集2019

事例 2 「食による脳老化回避」
研究開発プラットフォーム

プラットフォームの目的

「食による脳老化回避」による健康長寿を実現するため、農林水産・食品分野で得られた技術シーズに他分野のアイデアや技術などを有機的に導入することにより、競争力のある「新たな価値」を創造する。また、「新たな価値」を社会システムとして確立するため、各種の活動を行う。

プラットフォームの取組

■プラットフォームを立ち上げたきっかけ

これまでに食と脳機能の関係について、培養系から動物モデル、ヒト試験に至る一連の過程で多くの共同研究を実施。そして、食品の中には脳の老化を回避する優れた成分が数多く含まれていることを見出してきた。主に研究を進めてきた肉類イミダゾールジペプチドなどを活用して、高齢者の健康を高める社会実装を目指してプラットフォームを立ち上げた。

■構成メンバーの強みと役割分担

■プラットフォームの運営方針

これまでの成果

産学連携により創出されたイノベーション

~ チキンエキスの台湾への輸出 ~

■2013年より実施のコホート研究

■高い精製技術と市場開拓ノウハウの活用

インタビュー

「人生100年時代」と言われる超長寿社会を迎え、社会システムへの負担は今後ますます増大する。誰もが、少しでも長く自立した人生を過ごしたいと願う今日、「食」全般を通じて脳の老化を回避する研究開発が急がれている。

脳老化回避への効果が期待されるイミダゾールジペプチド

「食による脳老化回避」研究開発プラットフォーム(以下、「プラットフォーム」)は、脳老化の回避につながる高付加価値食品の開発を目指して、2018年2月に東京大学大学院久恒准教授グループ、農研機構食品研究部門及び東海物産の3者で発足した。研究の中核は、鶏の胸肉などに多く含まれ、疲労軽減や記憶力低下抑制効果があるイミダゾールジペプチドだが、様々な食材の機能性を幅広く追求するため農林水産・食品以外の分野も含めて構成員を募り、現在法人構成員は30を数える。特定成分を抽出したサプリメントよりも、普段食べている食事そのもので脳の老化を防ぐことに重点を置き、そのための研究データを積み上げて世の中に認知されることを目標としている。

「本プラットフォームは会員の7割が企業で、事業化は常に念頭にあります。今年度中に一つはコンソーシアムを立ち上げ、来年度はさらにいくつかの研究を本格化したいと考えています。そのために、新しい研究結果に対する知的財産権の取得や、会員同士が「競争」ではなく「協調」できるように、規模や製品種別で市場の棲み分けを調整したり、市場全体のパイを拡大していく方策が大切です」と、プロデューサーの久恒氏は語る。

農業従事者への理解と会員同士の協調を推進

プラットフォームの活動で久恒氏が心がけていることに、「農業に従事する人たちとの接点を増やす」ことがある。「畜産業者と連携して、イミダゾールジペプチドを多く含む鶏の育種に向けた調査を始めています。また、農家の栽培方法を視察し、スマート農業で労力を抑えながら高付加価値の作物を作る方法を検討しています。農家の方と一対一で向き合い、現場の苦労とこだわりを知ることで新しいアイデアが生まれます」と久恒氏。

「食べる」だけでなく「作る」ことも食による脳の老化を防ぐキーワードだ。農作業は運動不足の解消になるし、手間をかけて作れば食への関心も深まる。市民農園などで他人との会話が増えることも効果的だ。プラットフォームでは、東大新領域創成科学研究科のキャンパスがある「柏の葉スマートシティ」と連携して、高齢者の食生活と脳機能に関する調査研究も行っている。

プラットフォームは、畜産由来のイミダゾールジペプチドに続く脳老化回避の柱は農作物と捉え、健康食品開発を行っている2つのプラットフォームと連携して研究コンソーシアムの設立について協議を行っている。「イミダゾールジペプチドの研究成果を欧米で発表すると、『ベジタリアンはどうするのか』と聞かれます。欧米に多いベジタリアン向けに、大豆や大麦の研究も始めています」と久恒氏。

プラットフォームの進捗管理については、年間4回ほど、シンポジウム形式の情報交換会を実施している。ここでユニークなのが、シンポジウムの後に開く「試食会」だ。会員の一人で老舗料亭出身の料理人が経営するレストランを会場に、シンポジウムで取り上げられたさまざまな食材を実際に使った料理が提供される。

「いくら良い成分が多くても美味しくなければ売れません。食品会社の会員は特に素材の味を重視しますし、生産者の品種改良へのこだわりも理解できます。また、試食しながら会員同士が長時間打ち解けて話せるので、競争より協調の思いも強まります。もちろん、調理したことで有効成分量がどう変化するか、サンプリングして計測も行っています」と、久恒氏は一石三鳥の効能を語る。

新市場開拓を目指す取組

プラットフォームの主力製品であるイミダゾールジペプチドは、台湾市場で実績を持つ東海物産を中心に海外市場への展開が進められている。アジアでは元々、イミダゾールジペプチドが健康食品として売られており、2018年秋に輸出を始めた台湾では好調に推移し、現地でテレビCMを展開していることで中国本土からの問い合わせも増えている。ただし、中国へは事情により鶏が輸出できないため、鮭から抽出したイミダゾールジペプチドを使って、富裕層向けの製品から輸出が始まったところだ。また、少量ながら韓国への輸出も開始している。

魚由来のイミダゾールジペプチドは有望な市場といえる。会員の水産会社には、海外で捕った魚を海外で加工したり、大規模な養殖事業を展開しているところもあり、イミダゾールジペプチドはそうした加工で余った「未利用資源」からも抽出できるからだ。これに関しては、特許を取得するなど国益が流出しない形での海外展開を考えている。イミダゾールジペプチドの含有量は魚種により差があることが周知されていないので、数値データを整備して食品成分表に掲載されるようになれば、病院食など新しい市場への展開が期待できる。

久恒氏は最後に、脳老化を回避する食の開発に関して「高齢者と接点を持つこと」の必要性を挙げた。「イミダゾールジペプチドを1g摂るには鶏胸肉なら100g必要ですが、多くの高齢者はその量を食べられません。イミダゾールジペプチドの含有量が多い地鶏なら少ない量で済みますが、値段は上がります。歯が弱い人、農薬が嫌な人、料理の好きな人、それぞれ望む食のスタイルは異なります。売る側の押し付けではない、高齢者が本当に欲しいものを開発し、生産者と消費者を結びつける糊の役割を果たしていきたい」と締めくくった。